嘘が笑えない時代が迎える、エイプリルフールの終焉

「RIP」と書かれた小さな墓石のある写真

虚構新聞というネットメディアがあります。ありそうでなさそうな笑える嘘ニュースを発信し続けている人気サイトで、今年20周年を迎えるそうです。

20年前といえば、世はブログブームの真っ最中。読み物を個人が発信することがトレンドでもあった時代です。当時わたしも自身のブログを運営する一方で、さまざまなブログサイトをブックマークして毎日新着記事をチェックしていました。そんな中で、虚構新聞の「笑える嘘ニュース」というコンセプトとセンスは一際光っていましたが、今もなお健在なのですから驚きです。

しかし、あれから20年が過ぎ、「嘘」の意味はずいぶん変わってしまい、今や嘘ニュースには素直に笑えない時代になってしまったように思います。

2016年、ドナルド・トランプがアメリカ大統領となることが決まった年に、「Post-Truth」という言葉が話題になりました。「真実以後の時代」という意味のこの言葉は、「真実」が軽視され、感情によって人々が動かされることが世界中で問題視され始めたことの象徴でもあります(イギリスのEU離脱が国民投票によって決定されたのも、この年でした)。

その後、「ディープ・フェイク」という言葉が広く使われるようになりました。偽画像が政治のプロパガンダに使われたり、有名人の肖像がポルノ映像に使われるなど、コンピュータ技術の進化の悪用による「嘘」がますます深刻化してきました。

そして今や生成AIによって、画像、映像、声、音楽、文章と、わたしたちが触れる情報のほとんどは、真実かどうか見分けのつかないもので溢れかえるようになってしまいました(ちなみに、上記の写真はAIによって加工されており、墓石の周辺はほとんどAIによって生成されています)。

毎年4月1日になると、多くの企業がネット上で「笑える嘘ニュース」を披露しています。でも、数年前からわたしはこのノリに乗れなくなっています。元来、洞察力が無さすぎるのか、この手のエイプリルフールネタに騙されやすく、Twitter(X)での知人の「廃業します」との嘘に「ええっ!?」と本気で驚いてしまい「いやエイプリルフールですから・笑」との返信に顔を真っ赤にする、というようなことが何度もありましたが、今や日々「嘘と真実の選別」を強いられ続けている中、「笑える嘘」を笑う余裕がなくなってしまったのです。

先日、行動経済学の先駆的研究者・ダニエル・カーネマンがお亡くなりになったとの報道がありました。氏の著書「ファスト&スロー」では、人間の脳は、ほとんど考えずにすぐ答えを出す「ファスト脳」と、じっくり考えて慎重に答えを出す「スロー脳」の二つのモードで使い分けられていると書かれています。そして、日常生活のほとんどの行為はファスト脳で意思決定しており、スロー脳が使われることは極めて少ないのです。なぜなら、スロー脳を使うには時間とエネルギーを多く消費するので、複雑な計算式を解くときや重大な局面で判断するときなど、いざというとき以外は動かないのです(着替えるとき、自転車に乗るときに、その行為を進めるために深く考えることはなく、即座に判断してますよね)。ですからスロー脳は即座には働いてくれないので、真実の情報に混じって嘘の情報が飛び込んできたときに、急に「ゆっくり考える」には、非常なエネルギーが必要だということ、つまり現代社会において嘘を見分けることは、人にとってとても難しくエネルギーを使わなければならない、ということです。

「嘘から出た誠」という言葉にある通り、エイプリルフールネタから生まれた新商品やサービスもあり、クリエイティブな側面もあるエイプリルフールですが、笑って済まされない嘘が横行する今の時代にエイプリルフールを楽しむこと、企業がエイプリルフールを使ってプロモーションを行うことについて、「スロー脳」で考えることも必要かもしれません。