「この作品には生成AIは使っていません」と「この作品にはシンセサイザーは使っていません」から考えるAIと人間の共存について

QUEENメンバーの1977年の宣材写真

先日、「異端者の家」という映画を、TOHOシネマズなんば別館で観てきました。ラブコメ俳優として一時代を築き、その後、「陽気でお調子者の悪役」キャラで第二のキャリアを邁進しているヒュー・グラントが、若い女の子に元気いっぱい意地悪するという、とても陰湿な映画でした(笑)。

宗教に関する論議を展開する一方で、ヒュー・グラント演じる主人公の人物像に現代人の病巣もほのめかされている、とても興味深い映画でしたが、いろいろ反芻しながらエンドロールを眺めていると、さらに興味深い一文がありました。

エンドロールの終盤あたりで、「この作品には生成AIは使っていません」といった意味の英語の一文が出てきたのです。

これを目にして思い出したのが、イギリスのロックバンド・QUEENが初期のアルバムのクレジットに入れていた「この作品にはシンセサイザーは使っていません」の一文です。

QUEENはデビューアルバムから5作目まで、上記のメッセージが必ず入っていました。デビュー当時の彼らは、スタジオの使用時間も限られていたにも関わらず、非常にこだわった音作りを行ない、その後につながる独特のサウンドを生み出していました。自作ギターによる聞いたことのない音色、多重録音による荘厳なクワイアなどなど……QUEENのメンバーは、それがシンセサイザーで作られた音だと誤解されるのを避けるために「シンセサイザーは使っていません」を宣言したのですが、つまりバンド演奏にシンセサイザーが頻繁に導入されていた70年代当時、あれもこれも「シンセでできる」と思われていた音楽界のムードがあったのでしょう。

結果的に、QUEENはその後、シンセのサウンドを大胆に取り入れ、「RADIO GAGA」などのヒット曲・名曲をたくさん生み出します。彼らにとって、シンセが自分たちの表現の幅を広げる新たな武器となることがわかったからでしょう。

アメリカの映画界で生成AIは強い反発を受けました。2023年のハリウッドでの俳優・脚本家のストライキは、アメリカの映画業界に致命的なダメージを与えたとも言われていますが、俳優がAIで描けたり、脚本がAIに書けるのだとすれば、彼らにすれば死活問題ですから、強く心配を抱くのも当然です。

シンセサイザーも、楽器の音がシミュレーションできることにより、クラシック音楽の演奏家の仕事が奪われると反発を受けました。実際に、生楽器の代用としてシンセによる演奏が使われるケースは大変多いわけですが、楽器演奏家の価値は、今も残り続けています。

映画の世界はよりドラスティックです。トーキーの登場で無声映画時代の俳優は用無しになったように、ストップモーション、スタント、特殊メイクなどは、滅びゆく運命の技術となってしまっています。そんな中、俳優や脚本家が、自分たちの仕事が今後も残り続けるのか、危機感を覚えるのも無理はありません。

では、俳優・脚本家の仕事は、AIに取って代わられるのでしょうか?映画・音楽の歴史を振り返ると、最終的にはお互いの良さを生かしながら共存することになるのだろうと思います。

クラシック音楽の演奏家は、シンセサイザーが無限にどんな音でも作れると恐怖しました。開発者もそう信じていたのですが、結果的にはそれが技術的にハードルが高すぎて無理だということがわかり、実際の楽器の音をサンプリングするしかないという結論に達しました。それに、どれだけ技術が進んだからといって、本物の楽器のようなウェンディ・カルロスの「スゥイッチト・オン・バッハ」や冨田勲の「惑星」(どちらもシンセサイザー音楽の大ヒット作)を聴くことに、いったい誰が音楽的価値を見出すのでしょうか?

AIが、とても見事な脚本で、とても見事な俳優たちの演技を生成し、一本の映画を作ることはできるのかもしれません。それでもわたしたちは、現実の人間が、AIより下手でもポンコツでも、生身の人間が演じていることに魅力を感じる、という現象から逃れることはできないのではないでしょうか。

「異端者の家」に「生成AIは使っていません」とクレジットされていたのは、すでに上映されている作品の多くに生成AIが使われているからです。しかしそれは既存の仕事を脅かすというよりは、よりクリエイティブな作品を作るためのサポートとして使われています。それはちょうど、QUEENが、シンセが自分たちの表現の幅を広げる新たな武器として活用したことと同じだと言えるでしょう。

今のAIには、強迫観念を植え付ける底知れなさがありますが、その多くが空手形である可能性も忘れてはならないでしょう。AIを活用しているつもりが、AIに振り回されていれば、それこそまさに「AIがあなたの仕事を奪」っているのかもしれません。

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