車椅子の方が映画館を選ぶ権利は、改正障害者差別解消法によって守られるのか?

コンクリートの坂道を車椅子で進む男性のモノクロ写真

つい先日SNSで、車椅子を利用している方の投稿が目に入りました。それは、映画館での体験を綴ったものでした。

その映画館には何度か通われていたそうですが、劇場の座席までの間に段差があり、いつも劇場スタッフが手伝ってくださっていたようです。

ところがその日、上映終了後に映画館の方から「段差があって危ないし、スタッフも忙しいので、今度からは別の劇場でご覧いただきたい」というような旨を伝えられたとのこと。

車椅子の方は、とても悲しい気持ちになったという投稿をしたのですが、それに対して「映画館側が正しい、あなたの方に問題がある」という趣旨の、車椅子の方の発言を非難する返信がいくつも投稿されていました。

日本には、障害者差別解消法という法律があります。「施設や店舗、自治体、企業などが、障害のある方から対応を求められた時に、対応に努める」ことを求める法律です。この法律が今年4月から改正され、これまでは先のような、障害をお持ちの方から対応を求められた時に応じる、いわゆる「合理的配慮の提供」は、「努力義務」とされていましたが、今後「義務」となり、罰則も発生するものとなります。

つまり、罰則の有無を別にしても、障害のある方に対応できる設備や人員を備えることは、法律の上でも一方的に拒否して良いものではなく、少なくとも「映画館側が正しい、あなたの方に問題がある」と言えることではないのです。

私はこの法律改正によって、日本社会の、障害を持った方々への配慮は、また一歩前進することだろうと思っていました。しかし、今回のことを目にして、前進するためには越えなければならない大きな壁があることに気付かされました。

壁は大きく分けて二つあると思うのですが、一つは、この改正障害者差別解消法自体が、あまり知られていない、ということです。

改正障害者差別解消法は、お店や施設だけではなく、自治体や企業が提供するあらゆるサービスに適用されます。例えば、ウェブサイトもその一つです。わたしたちは、ウェブサイトの制作を事業の一つとして行なっているデザイン会社として、サイト構築においても「合理的配慮の提供」が必要であることを、1年ほど前に初めて知り、以降、ウェブサイトをどんな方でもアクセスできるようにするツール「WATSON AI」を提案しています。ですが、ウェブサイトの制作会社であっても、障害者差別解消法をご存知の方はごく少数です。最初に施行された2016年は、主に自治体のサイトのアクセシビリティが対応を迫られたこともあるので、主に自治体とのお仕事をメインにされている制作会社は熟知していることでしょうが、そうでなければ、目にすることも耳にすることもほとんどありません。同業の仲間にこの話をしても、ほとんどの方がピンと来ていない様子でした。まもなく施行されるというのに、あまりにも知られていないのです。

もう一つの壁は、障害のある方が声を上げなければならない、ということです。

映画館の側から拒否された車椅子の方は、改正障害者差別解消法に則れば、4月以降は劇場側に対応の義務が発生します。確実に解決しなければならないという法律ではないですが、なんらかの対応がなされなければなりません。しかしこの法律は、障害者の方からの訴えがあって初めて対応が求められる(訴えに対して対応をしなかった場合に罰則が発生する)ので、障害者の方がつらいことを我慢して声を上げなかったら、そのまま放置されかねないのです。先の例では、車椅子の方はその場で何も言い返せず、わかりました、と形の上では納得し、肩を落として帰ることになってしまいました。しかもSNSに投稿した結果、社会からはまるでモンスタークレーマーかのような扱いを受けてしまったのです。

この状況では、障害を持った方々が自分たちの権利を主張するための「社会的な」ハードルが高すぎる、と言わざるを得ないでしょう。

この二つ目の問題を解決するには、企業側の意識を変えていく必要があります。まずは改正障害者差別解消法を知り、理解すること。そして、障害を持った方々が声を上げることを待つのではなく、声を上げやすい状況や仕組みを作り、積極的にすくい上げようという意識を持つこと。

これは、映画館のような大型施設だけの問題ではありません。日々、なんらかの仕事を通して社会と接するわたしたち全員にとっての問題です。もちろん、障害と一言で言っても多岐に渡り、全てを理解することも、全てに対応することも不可能です。しかし、その努力は必要です。障害者差別解消法の改正とは、そのような意味を持っているのです。

わたしたちも、デザインという仕事を通して、インクルーシブな社会を実現できるよう、日々努めてまいりたいと思います。